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スティーヴ・ライヒのコンサート
by 日詰明男
2012年12月5日、東京オペラシティでスティーヴ・ライヒのコンサートを観た。

ライヒの作品には1980年ごろからずっと注目し続けている。
ほとんどの作品を聴いているが、ライブを直に聞くのは実はこれが初めて。
数年前に、やはりここで行われた18人の奏者のための音楽は迂闊にも行きそびれたので、今回はそのリベンジでもある。

切符を買うタイミングで一番安い席を選んだのだが、ステージ右翼の三階桟敷席で、これも悪くはなかった。
真上から演奏者全員の動きを一挙把握できるからである。
音源までの直線距離も近い。

冒頭のClapping music(1972)ではライヒ自身が演奏者のひとりとなった。
野球帽をかぶり、相変わらず若々しい。

その後、曲目はNagoya Marimba(1994)、Music for Mallet Instulments, Voice, and Organ(1973)と続く。
オルガンの音にはなんと初代YAMAHA DX7が使われていた。
私自身、今だに愛用している機種だ。
ますます親近感をおぼえる。

とにかく今回の打楽器奏者集団であるコリン・カリー・グループの技量には圧倒された。
人間業で限界と思えるほどの音の刻み、正確さだった。
演奏風景も舞踏的で、見飽きない。
超人的16ビートの間隙にもう一人の超人的16ビートが入るので、超超人的な32ビートが曲の基礎を支える、といったような。
2人の奏者が互いに向き合って共有のドラムやマリンバを叩くので、撥が時々接触する。
これも良い意味で演奏の緊張感をいっそう盛り上げてくれる。
どんな偶然も意図的な演出に聞こえるから不思議だ。
奏者の熟練ゆえの余裕なのだと思う。

シナジー・ヴォーカルズの装飾音的介入も絶妙で、面目躍如といった趣だった。
人間の肉声は万能かつ究極の楽器なのだと改めて思う。

休息を挟んでのDrumming for voices and ensenble(1970-1971)は圧巻だった。
オリジナルを超え、演奏家の独創がかなり加わっていたように思う。
特に、3台のマリンバに8人ほどの奏者がよってたかって叩きまくる部分。
音の網目が重層的に重なるにつれて、異常な現象が起こっていることに気付いた。
演奏されていないはずの和音が聞こえ始めたのである。
最初は幻聴の一種かと思っていたのだが、それは徐々に大きくなり、否定し得ないものになった。
多数のストリングスによる音群のような、あるいは息継ぎのない混声合唱のような音が聞こえ始めたのである。
「音の背景輻射」とも言うべきか。
おそらくそれはステージ上空の音響反射板、あるいはステージ背後のパイプオルガンの共振だったのだろう。
あるいはこのコンサートホール全体の固有振動数と共振していたのかもしれない。
本当に、目には見えない赤外線で上空から炙られている様な、エネルギーの圧力を全身で感じたのである。
それは今まで経験したことのない種類の快感だった。
その背景輻射音はますます大きくなり、ついに振動源であるマリンバの音を凌駕するほどになった。
このコンサートホールが、たとえでなく「楽器」になった瞬間だろう。

私の推理だが、コリン・カリー・グループはリハーサル中にこのコンサートホールの音響特性に気付き、その周波数帯を徹底的に攻める奏法に徹したのではないだろうか。
実際、演奏風景でも、一つのマリンバの特定の音階に、異常に多くの奏者が偏っていたように思う。
それはまるでマリンバの外科手術をしているかのような光景だった。

やがてマリンバの演奏者がひとりひとり演奏から離脱していっても、背景輻射音は鳴り止まなかった。
最後の一人がかなりミュートした音で演奏を続ける間も、その共振は衰えることがなかった。
こんな音響を聴いたのははじめてである。
彼らはマリンバひとつで建築を崩壊させることが出来るかもしれない。

次はぜひここでテヒリムのライブを聴いてみたいものだ。


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