STAR CAGE
竹の都市、竹の幾何学、竹の音楽
at
武蔵野美術大学

©2009 日詰 明男

16 - 28 Nov. 2009

主催
GP program EDS 竹デザイン・プロジェクト
武蔵野美術大学

昨年の フィボナッチ・トンネルとフィボナッチ茶室に引き続き、今年も2週間、武蔵野美術大学で活動した。
今回は、目には見えない造形を学生さんに伝えることを主眼とした。
目に見えない造形とは何か。それはたとえば一組の命令文で構成される「レシピ」である。
一旦レシピを会得すれば、時と場所、材料を選ばず、その気になれば他の惑星上でも再現できる。
壊したらまた作ればよい。
そしてまた惜しげもなく壊すことができる。
形あるものは壊れても、レシピは不滅である。

チベットの砂曼荼羅のプロセスを見よ。
数学は最も純度の高い「不滅なレシピ」の体系だとも言えよう。

具体的内容は、第一に、6次元空間格子の3次元空間への射影である「六勾(むまがり)」を竹で構成する手順を伝える。
第二に、上図面のような6次元空間格子の2次元空間への射影である「ペンローズ・タイル」状の都市計画を、砂曼荼羅や古代エジプトの測地技術(Geometry)よろしく、紐だけで作図する方法を伝える。
第三に6次元空間格子の1次元空間への射影である「フィボナッチ・ケチャック」の演奏法を伝える。

photo: R.H

導入に、簡単なレクチャーと、ジグを用いて小さな星籠を作るワークショップを行った。
黄金比の造形や音楽をひととおり紹介する。

photo: H.H

鍼灸師の感覚で正12面体のジグに竹ひごを垂直に通す。

photo: H.H

30本を通し、完成。
次の日はジグなしで組み立てる方法を伝授する。

photo: R.H

今年はフィボナッチ・ケチャックだけでなく、ルート2、ルート3、自然対数の底、ルート7、ルート11の楽譜を用意した。
それぞれ、
スクエア・ケチャック
デルタ・ケチャック
オイラー・ケチャック
セブン・ケチャック
イレブン・ケチャック
と命名した。
くじ引きで8人ずつ5グループに分け、それぞれのケチャックを専門で担当してもらうことにした。
今後2週間、さまざまな学科が入り混じったそれぞれのグループには、運命共同体を演じてもらい、一種の都市計画ゲームをやろうという趣向である。
このゲームはヴァーチャル空間(セカンド・ライフ)ではなく、リアル空間(ファースト・ライフ)で行われる点が時代と逆行するところである。
毎日、各班に別れ、星籠をジグなしで一体づつ組み立ててもらった。

photo: H.H

photo: R.H

完成。

photo: R.H

たった今作ったものを、五人の手で惜しげもなく一瞬にして解体する。
この解体に抵抗を感じた学生がかなりいた。
作ったモノへの執着が木っ端微塵になるまで、修行が必要である。
毎日が青空道場。
2週間後には、各班自力で組み立てられるまでになった。

練習の成果として、五人が一致協力して星籠を組み立ててみる。
記録は約3分。私一人だと5分弱かかるから、時間は半分に短縮された。
もうちょっと練習し、両手を有効に使えば、30秒を切ることも夢ではない。

photo: H.H

ニューロ・アーキテクチャの都市区画を水糸だけで地面に作図する。
一辺が2mの正五角形の区画がペンローズ・タイルの迷路を形成するように設計した。
宇宙人の一種「人間」の仕業に他ならない「ミステリー・サークル」も同様に紐で作図しているにちがいない。

授業中、地面に穿たれた釘を指差し、「これが私の作品だ」と学生に話した。
続けて、「この釘が作品というわけではない。正確には釘の”位置”が私の作品である」と。
「位置」に質量は無い。
学生の心にどれだけ響いたであろうか。

photo: R.H

photo: R.H

竹プロ・スタッフの橋口さんの尽力で、近所の竹内さんから実験都市計画の主体構造となる真竹を提供していただけることになった。
週末の午前中を利用して、学生三十数名の力を合わせ、100本に及ぶ伐採をした。
竹林から現場まで徒歩10分ほどの距離である。
東京都内で、地理的にこんな理想的な条件は普通まずありえない。
好条件とはいえ、学生たちにとって竹の伐採と運搬などはじめての経験で、汗びっしょりとなり、かなりこたえたようだ。

photo: R.H

最初の五角ティピ立ち上げ。
各班が好きな区画にティピを建てた。

photo: R.H

photo: R.H

余った竹で楽器を作ったり、ティピの飾りつけをしたり、各班で自由な演出が自然に始まる。

photo: H.H

濃いキャラが偶然集まったオイラー班は、自発的に竹の枝葉で屋根を葺いた。
まるで巨大な鳥の巣みたい。

photo: R.H

セブン班はクリスマス仕様?

photo: R.H

受講者以外にも、ティピは一般に分譲された。
昨年も世話になった基礎デ4年の齊藤君は竹の風車を据えた。
二宮陽香さんはティピに石を敷き詰め、コンセプチュアルな作品を展示して下さった。
橋場亮介さん、福田真澄さんもティピを使って粋な仕掛けをしてくださった。
こうして実験都市は次第に個性を持ち始め、住人たちの匂いを反映し、好ましい猥雑さを帯び始めた。

photo: R.H

photo: R.H

集落の発生。

photo: A.H

テナントがまだ決まらない区画にはとりあえず様々な色の紅葉を敷き詰め、ペンローズの都市「ニューロ・アーキテクチャー」が完成。
竹林を伐採して新たな竹林ができたともいえる。
google earthが撮影してくれていればいいのだが。
苦労して作ったこのインフラを、期間は限られているが、骨の髄まで味わい尽くしたいものだ。

photo: R.H

都市での生活が徐々に始まる。
ティピに腰掛けが置かれ、次に竈が置かれ、とりあえず石焼き芋を作ってみる。
別のティピには自在鈎と囲炉裏が切られ、茶を入れたり、鍋を囲んだりして活用した。

photo: H.H

各自具材を持ち寄るごった煮は格別の味。
有名な寓話「ストーン・スープ」が現実になった。

ワークショップ最後の2日間は「祭」を仕掛けた。
人、建築、音楽、食を総動員させ、都市は筋書きの無い劇場と化す。
「都市」は祝祭を生む装置にほかならないのだから。
ニューロ・アーキテクチャーにはニューロ・アーキテクチャーならではの祭が生まれてしかるべきだろう。
この祝祭の日、ストーン・スープ奉行になってくださったのは千葉からの友人、和地志伸さんと大石咲代子さん。
器や箸、スプーン、包丁など、すべて都市計画建設で余った竹で間に合わせた。
竹の節を使って炊いたご飯の甘さには皆舌鼓を打った。
今日使った竹の器は明日の鍋の燃料になる。
竹林はいくらあってもいいと、誰もが思っただろう。日本人が竹林を一生懸命移植してきた理由がよくわかる。

大抵のものは竹でなんとかなる。いやそれどころか既製品より機能的であることが多い。
人は百円ショップに走る前に、まず何事も竹で作れるのではないかと疑ってかかったほうがいいだろう。

大学構内で火を焚くことは、今や日本の大学キャンパスでは禁止される傾向にある。
しかしそもそも人は火をコントロールできるようになって人になったのではなかったか。
火を使ってはならぬとする風潮は「人間やめますか」と迫られているように聞こえてならない。
原子力推進派の方がよほど危険であるにもかかわらず、著名人までクリーンでエコだと推奨する始末。
人間の野性も骨抜きにされたものだ。

photo: H.H

竹林の三賢者が鍋を囲む。 左から二名良日さん、関野吉晴さん、望月昭さん。

photo: H.H

興が乗ると、フィボナッチ・ケチャック(たたけたけ)の演奏が始まる。
千葉県からいらっしゃったサックス奏者の浦山昌生さんが即興に加わる。
ギター侍こと鈴木左千夫さんもほぼ毎日乱入していただいて、たたけたけとジャムセッションを繰り広げた。
匂いといい、音といい、人ごみといい、バリ島ウブドの終わりの無い夜を髣髴とさせた。

photo: A.S

夜景

photo: H.H

最後の2日間は、受講生が正味1週間練習したタタケタケの成果を披露すべく、パフォーマンスを自由に組み立ててもらった。
1週間前、私はあえて楽譜というインフラ(レシピ)を渡すだけにとどめた。 さあ、どんな表現が学生によって開花するか。 以下にそれぞれの班が演じた動画をお見せしよう。
なかなかの多様性が生まれている。
これは素数11の平方根小数部の自己相似構造を音で表現したもの。
題して「イレブン・ケチャック」。
演奏も完成度が高い。
終わり方も秀逸。
バリ島の田園で鳴っていてもおかしくはない。
これは素数7の平方根小数部の自己相似構造を音で表現したもの。
題して「セブン・ケチャック」。
これも十分民族音楽的に聞こえる。
これは超越数である自然対数の底(ネイピア数)の小数部の自己相似構造を音で表現したもの。
題して「オイラー・ケチャック」。
オイラー班には不思議と”自然児”ばかりが集まり、個性のぶつかり合いが折り合うかどうか危惧されたが、よくここまでまとまったものである。

これは素数3の平方根小数部の自己相似構造を音で表現したもの。
題して「デルタ・ケチャック」。
演奏中の無音部分が際立っている。
私はたたけたけを聞くとき、この無音の瞬間を待ち焦がれている自分に気づく。

これは素数2の平方根小数部の自己相似構造を音で表現したもの。
題して「スクエア・ケチャック」。
パフォーマンスの構成に独創が感じられる。
女性だけのグループなので、巫女の舞をちょっと髣髴とさせる。

最後にはすべての班による競演が行われた。
この鳥瞰映像で都市全体を観察するのは面白い。
音はアフレコではなくライブ録音である。
ケチャック班が次々と加わるにつれて、独特のうねりが生じてくる。
実は今回のプロジェクトで、これをぜひとも実現させたかった。
別のリズム系のケチャック同士が都市の辻辻で出会い競演する状況を作りたかった。
通常の祭りでは山車同士の喧嘩になりがちだが、この都市では、各グループが競いながらも協働する。
いくつもの太陽系が集まって銀河の渦となり、いくつもの銀河が銀河団を形成するように。 結果、音楽はより豊かなものになるはずである。

photo: R.H

午前中の授業時間も例外ではなく、祭の一環である。
祭の2日間は、各ティピで何を営んでも良い。
チョコ・フォンジュ、本格的ケーキ+紅茶、本格的キムチチゲ、カレーライス、焼き餅、焼きおむすびなど、ほとんど食べ物屋が営まれた。
各班で消費しきれない余剰は、他の班へのおすそ分け合戦というか、いわゆる物々交換が自然発生的に行われた。これもひとつの経済のあり方である。

photo: R.H

「お客さんが来るから、うちを片付けなければ」と言って自分らのティピに走って帰る学生も見かけた。

photo: R.H

物々交換自体を目的とする福田真澄さんのティピ。既に落花生と作品の交換が行われた形跡がある。

photo: R.H

竹だけでご飯が炊ける事実を聞きつけ、学生たちも勝手に挑戦。首尾は上々だったようだ。

photo: R.H

私も一ティピの世帯主として、ほそぼそと自家焙煎エスプレッソ・コーヒーをふるまう。

祭の最終日、それぞれの班では別れを惜しむ声が聞こえた。
たった2週間、ムサビの芝生上で起こったうるるん滞在記である。
普通、他学科の学生同士が交流する機会も少なかろうが、今回の企画で自然に友達になれたと言ってくれた学生が多かった。たたけたけの練習はその格好の架け橋になったことだろう。
誰でも何かしら演奏にかかわれる「たたけたけ」は、強力なコミュニケーションの道具ともいえる。
個を殺さない社会の雛形を見た学生もいた。
その学生の視野にはベーシック・インカムの価値観がしっかりと根付き始めている。

予想を上回る静かな熱狂、自発的創造の発動、交換経済が、誰が掛け声をかけるわけでもなく、自然に生まれた。
人、竹、建築、都市、幾何学、音楽、火、食(ついでに酒)、経済と、一見無関係に見える要素が有機的に絡んで進行し、自律運動を始めた感がある。
これもスタッフをはじめとする方々の支えがあったからであることはもちろんだが、加えて幾何学の力が大きかったと思う。
押し付けがましくない幾何学とでも言おうか。
今回学生に提示した幾何学というインフラは、かくも自由で豊かであることを、学生たちは無意識にせよ実感してくれたのではないかと思う。

都市の実験は成功した。
この都市インフラが実現するのは数学的必然であろう。
それは明日かもしれないし、あるいは千年後かもしれない。

学校は社会の縮図である。
あらゆる面で閉塞した現代社会において、義務教育を含めたどの教育現場にも重苦しい閉塞感が深く影を落としている。
しかしそれを逆手に取ることによって、学校でこそ未来に可能な社会の雛形を提示できるのではという一縷の希望を、今回武蔵野美術大学で私は学生と共に垣間見ることができた。


photo, filming
Hiroyuki Hashiguchi (H.H)
Akiko Suzuki (A.S)
Ryosuke Hashiba (R.H)
Akio Hizume(A.H)

residents, players, arrangers
students of the MAU

architect, composer, director
Akio Hizume

coordinator
Takaaki Bando

project assitant
Hiroyuki Hashiguchi

official assitant
Chiemi Inaba
Tomoko Nishi

KEYAKI member
Tomohisa Saito

KEYAKI Meister
Natsuki Matsumoto

KEYAKI friends
Natsuki Arita
Hiroaki Shibata

special thanks
Shigeyo Takeuchi
Yoshihi Futana

building assist
Shotaro Hirano
Haruka Ninomiya
Hiroaki Shibata
Nao Takeno
Kenji Oda
Wanseok Ryu
Satomi Kasai

Stone Soup
Shinobu Wachi
Sayoko Oishi
Hanae Miyamoto
Haruka Ninomiya
Saki Mitsushima

guest musician (improvisation)
Masao Urayama
Sachio Suzuki
Yuichi Sasaki
Mitsuru Nishimura
Takayuki Matsumoto
Nao Sato
Ayame Iizumi

guest residents
Haruka Ninomiya
Tomohisa Saito
Masumi Fukuda

sponsor
EDS Bamboo Design Project

Tribute to Sir Roger Penrose

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