2週間にわたる1年生対象の授業が始まる。 簡単な幾何学談義の後、早速星籠ワークショップに入る。 まず正12面体のジグをつくり、そのあと竹ひごを通していく。 座学のときと打って変わって学生たちの目が輝く。 通称「珠入れの儀」。 今度はジグなしである。 学生はなかなか積極的だ。 2週間後には10名以上の学生が自力で組み立てられるまでになった。 例年は数名にとどまるのだが。 芝生の上には実験都市の区画が出来始めている。 このインフラは4年前からの資産「ニューロ・アーキテクチャー」。 使うのは今年で3回目である。 この実験都市では日本銀行券と標準語の使用は禁止である。 このグループは4人の女性と2人の男性なのだが、たまたま女性4人とも即興を得意とする人が集まり、それを男性2人が基本リズムで支えるかたち。 このグループの基本リズムは素数11の平方根がつくるケチャック。だからグループ名は「イレブン」である。 竹を使って生活することも重要な要素。 建築だけでなく、食器を作ったり、テーブルや椅子を作ったりという分業が自然に行われたようだ。 都会に生まれ、空地で廃材を使った秘密基地をつくる子供時代をすごせなかった学生には、この授業はそのリベンジでもあったろう。 竹で軽くご飯を炊いて昼飯とする。 食器もすべて竹である。 火を操ることにはまる学生たち。 人間本来の野性が目覚める。 焼き鳥を売るつもりのようである。 まずは、選抜メンバーによるパフォーマンスから始まる。 フィボナッチ・タワー内部で円陣を組むように選抜メンバーを集め、段取りの最終確認。 錘である鐘を叩いてパフォーマンス、そして祭典開始の印とした。 今年は1分25秒で完成。新記録である。 くじ引きで順番を決め、まずは素数7の平方根の「セブン・ケチャック」から。 インドネシア的軽快さに適度な倦怠感も漂い、そこに暗黒舞踏的なテイストが加わるという珍しい趣向。 無難ではあったが、もうちょっとヒネリが欲しかったなあ。 素数3の平方根からなるケチャック演奏を担当する。 高いところが好きな人が多く集まったようだ。 建築や都市を音具、舞台装置として使い倒していた意味で秀逸。 鳶の祭りか、出初式かといった風情だった。 チームワークも良かった。 音楽の構成、完成度、即興性では一番充実していたと思う。 竹の楽器もいい音がして、ジェゴグのように響いた。 境内を巡回した後、「すくえあ大明神」に賽銭を投げ、二拝一礼一拝一礼(「たたけたけ」である)でお参りし、おもむろにヘルメットをかぶって竹のマラカスや電動ドリルの音も取り入れ、なかなかアナーキーな演奏。 基本のスクエア・ケチャックのリズムを途中で振り切り、ロックンロールのビートで最後まで押し切ったところに江戸っ子ならではの頑固さを感じる。 このスクエア班の挙動には終始驚かされることばかりだ。 8mのフィボナッチ・タワー建設を手伝ってくれた学生に、毎日お礼として配ったものである。 この兌換紙幣はお祭りである最終日のみ有効で、1ボックリあれば私の作品の最も安価なもの(500円相当)と交換できる。 写真は4ボックリと私の著書「音楽の建築」とを交換しているところである。 この実験都市内で、総額にして100ボックリ以上を流通させた。 これだけ流通すると、おのずと経済が発生する。 写真は4年生の作品を6ボックリに値切って購入する1年生たち。 貿易をするつもりだろう。 もちろんこんなことをするのはスクエア班である。 6ボックリを手に入れた4年生は書籍などと交換された。 ダフ屋行為に似ていなくもない。 漏れ聞くところでは、ボックリ紙幣を増やすために、都市のどこかでギャンブルまでが営まれていたという。 写真が無いのが残念だが、門付けをする学生も出た。 鍋を囲みながら、ギターやドラムの演奏も気ままに行われていた。 次の日は祭りの後の撤収・現状復帰作業である。 日曜日だったにもかかわらず、ほとんどの学生が撤収に参加してくれた。 一日で都市は幻のように消え去った。 よきかな。 いまどきの若者のたくましさ、自由さ、才能の数々に希望を感じた2週間であった。 大学の授業がこんなに楽しくていいのかと不安になる学生もいたようだ。 もちろんいいと思う。 土台のコンセプトはめっぽう数学的で、シリアスなのだから。 数学をインフラとして使うとき、つまりその中で音楽を奏で、戯れ、とりわけ「生活」するとき、その数学的フォルムは単なる知識とは比較にならないほど強力に身体化されるのである。 実際、都市環境でこんなにも黄金比の幾何学に日常的に接することはまず無い。 従来の四角四面の直角社会や退屈極まりない周期的パターンとは対極の、あらまほしき近未来を先どり体験してもらったというわけである。 学生たちは楽しむ中で、無意識に多くの幾何学を学んだはずである。 板東孝明 橋口博幸 齋藤朋久 武蔵野美術大学基礎デザイン学科 武蔵野美術大学学生有志 |