茶室のためのフィボナッチ・タワー
「茶室」あらため「釜室(ふしつ)」

©2005 日詰 明男

長岡京市柳谷楊谷寺
2005年11月

主催
楊谷寺
長岡京市観光協会


数年前、黄金比に基づく超柔構造ひまわりの塔(2003 マイアミ)ひまわりの塔懸垂線(2004 京都) を仮設の記念碑建築として制作した。
今回の試みは、同様の原理を実際的な建築へ向けてさらに一歩発展させたものである。
このプロトタイプは地震に強い一般建築構造として波及してゆくことだろう。
ここで私は装飾を一切排除し、どこでも手に入る素材で建築可能な最小限のストラクチャーを実現するにとどめた。 その方が、訪れる人にイマジネーションの余地を残すだろうから。
今後、この主体構造の上に、様々な風土で、様々な使い手によって、様々な形で肉付けされることだろう。


着工前のCG完成予想図である。


完成
小規模ではあるが、これは「数学的建築」と呼ぶに相応しい。
意匠と構造の区別はなく、数学形式がそのまま力学構造として過不足なく生かされている。
ここに力の利いていない部材はひとつとして存在しない。
この建築を「美しい」と言ってくれる人がいたとしたら、その理由はここにある。
前世紀に「機能主義」と翻訳された「Functionalism」とは本来こういうものだったのではないだろうか。

この建築作品は楊谷寺副住職によって「浄竹庵」と命名された。
この庵は3年間は展示され、耐久性が確かめられる。

データ
小屋組: 長岡京産のモウソウ竹13本から加工された75個の部材からなる。
長岡京は最高品質の筍の産地として有名である。そのためにもこまめに竹を伐採し、健康な竹林を維持しなければならないのだが、現代では成長した竹材の使い道はほとんど無く、その有効利用の道が模索されていた。
ここで使用したモウソウ竹も、長岡京市観光協会のみなさんが竹林整備した際に切り出されたものである。
小屋組に、鉄釘や針金、ロープなどは一切使っていない。竹と竹釘のみである。
モウソウのほどよい重量感はこの建築をきわめて安定したものにしている。

壁材および床材: 7枚の4×8合板
基礎: 重量コンクリートブロック34個
建物高さ: 4.5m
床面積: 3.9平米(最大七名が炉を囲んで座ることができる。)

工期
準備:一週間
主体構造:1日
屋根葺き:1日


屋根を葺く前に、内部に入って見上げたところ。
一種の瞑想空間でもある。


円形の躙口(にじりぐち)


日中、フィボナッチタワーは茶室として機能した。
茶道家の林さんがお茶会を開いて下さった。
楊谷寺の僧職にあり、茶道、華道家でもある毛利さんは、早朝、境内に自生している花を切り、竹の一節に生けて下さった。


錆びた飯炊き釜を囲炉裏に転用した。楊谷寺で昔使用されていたものらしい。
折しも境内はまさに紅葉が最高潮の季節。 落ちたばかりの紅葉を集め、茶室の床一面に敷き詰め、天然の絨毯とした。


お茶の時間を楽しむ佐々木氏。彼は期間中この制作合宿に加わって下さった若者のひとりである。


晩になるとフィボナッチタワーは魅力的なダイニングに変貌する。
私はこの建築空間をいかなる権威主義とも無縁なものにしたいと思った。 そこで副住職とも相談し、「茶室」を標榜するより、むしろ親しみやすさをこめて「釜室(ふしつ)」という造語をあてることにした。
お茶はもちろんのこと、鍋を囲んだり、お酒を飲んだり、音楽を演奏したり、寺子屋として数学教室を開くのもいいかもしれない。壁や床は黒板に使える。


最後に、竹の穂の部分を使って屋根を葺く。
やはり竹林整備の際に大量に出たモウソウ竹の枝葉である。


今回は時間も無く、試験的に葺いたまでだが、苦もなくなめらかな曲面が自ずと出来上がった。
隙間だらけとはいえ、竹林程度に雨をしのいでくれると思う。 竹の穂をもっと選別し、密度を高め、規格をそろえてから葺けば、完璧な屋根になるだろう。


屋根を葺いた後の方が、内部からの見上げがダイナミックに感じる。


photo: S. Sasaki

photo: S. Sasaki

毎日ここで火を焚けば、その煙が小屋組をますます堅牢にしてくれるだろう。

さすがに今どき自在鈎(じざいかぎ)を入手することは困難である。そこで100キロの重量に耐える、工業用の鎖とフックを近くのホームセンターで購入し、自在鈎の代わりにした。このコンビネーションは滑車のようにはたらくので、鍋の上げ下げは自在鈎よりも容易である。
吊される鋳物の鍋はできるだけ大きく、重いものが望ましい。なぜかといえば、この錘りが小屋組の重心をより低くし、振れ止めとして働いてくれるからである。
この鍋は単に湯を沸かすための鍋ではなく、むしろ構造力学的に重要な役割を担っている。フーコーの振り子のような鉄球を吊るしても良かったのだが、どうせ重いものを吊るすならば鍋にしない手はない。


即興で一種パズル的な円形扉を発明し、制作した。
3つの三角形が連動してスライドし、ドアを3点でしっかりと支える。
どんなに頭の良いニホンザルでも開けるのは困難なはず。

声明+フィボナッチ・ケチャック
以上の制作活動に並行して、私はフィボナッチ・ケチャックの演奏練習を毎日有志と共に続けた。
最終日には、多くの観衆の前で、楊谷寺の僧侶による声明とジャムセッションを演じた。
声明をされたお坊さん達も気に入って下さり、来年はさらに磨きをかけようということになった。

謝辞(敬称略)
佐々木崇仁、野田正晃、野田幸江、井上弓
芝歩美、勢井恵子、北村祥子、森あき穂
関本梢、肥山みどり、小坂祐喜子、小西真由美
今西さちこ、小森真弓、尾垣和幸
植田信隆、二宮知子
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タカハシ塗装
大坂成蹊大学芸術学部造形技術センター


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