竹・幾何学・建築・音楽
乱反射する星籠建築
inter-native architecture

日詰 明男
 1983年ごろからフラクタルやカオスをはじめとする自己相似構造に関心を持ち、特に「準周期パターン」と称される数理と造形を通して独自の研究を続けてきた。1990年以降には、平面と立体における新しい空間組織「星籠(ほしかご):Star Cage 」を相次いで発見し、国際会議や論文集で発表した。
 この研究自体が独立した科学の一分野となりうるものだが、それにとどまらず、私は同時に展覧会やワークショップなどを介して芸術の世界にも回路を開いている。私はその経験から、新しい幾何学構造が子供や芸術家の感性にいかに根源的なインパクトを与えるかを、何度となく目撃してきた。
 私の幾何学的作品のほとんどは竹で作られている。これら一連の幾何学的な研究は、軽くて強い「竹」のユニークな特性なしで決して実現しなかったであろう。言わばこれは、竹文化の成熟した日本の風土でこそ成功した幾何学といっても過言ではない。
 私の造形は従来の基準からすると抽象彫刻に位置づけられるだろう。しかし私自身は来るべき建築構造の有力なプロトタイプととらえている。いずれ人はこの構造に則って家を作り、都市を形成し、種々の道具をこしらえるだろう。しかしまだ未解決の問題も多く、幾何学と建築の両面から研究を続けなければならない。
 近年は国内外において、公共彫刻として巨大な星籠を実験的に制作する幸運に恵まれ、私自身の手で徐々に建築的規模にまで発展させることができた。
 次なる挑戦としては、長さ5m程の竹を180本ほど使って、人間が星籠の内部に自由に出入りできるものを、恒久彫刻として制作するつもりである。現在その候補地を検討中である。
 また私は平面・立体造形だけでなく、1次元空間の造形として“音楽”に関する研究も並行して進めている。すなわち、リズム、音階、音色、旋律に対して星籠と相同の構造を導入でき、それを実際に演奏することによって独特の心理的な効果があることを確認した。

 このように“音楽”と“空間造形”という一見全く異なる分野に、幾何学的な関係性を引くことによって、全く新しい音楽の形式が発見された。そればかりか音楽から建築へのフィードバックまでもが起こりうる。例えばそのリズムを階段のパターンとして表現し、私は1997年に公共彫刻「DEMOCRACY STEPS 」をオハイオ州立公園の景観を舞台に徹底的に展開した。その彫刻の上を歩くことによって、誰もがその快いリズムを楽しみ、身体的な効果を確認することができる。
 一般に、私たちは建築や音楽によって幾何学を身体的に理解するといえる。
 音楽と建築がここまで意識的に関係づけられたことはあまり無いのではなかろうか。

 周知のように、近代では科学者の暴走が多くの悲劇を生み、ますますその倫理観が問われてきている。一方で芸術家は現実との関係を絶ったところで自由を乱用している。そして両者は互いに無関心であるか敵対しているかのどちらかである。
 私は確信するが、竹の生態と新しい幾何学、そして建築的展望が、この芸術と科学の乖離を解消し、無理のない自然体へと再統合してゆくだろう。多様な、しかし一貫して透明な表現の仕方によって、科学と芸術の失われた関係を取り戻すことも私の役目だと思っている。
 長期的に見て私の活動は、過度に専門分化された在来の範疇を、幾何学を軸に統合していくものとなるだろう。思えば“時代精神”を作品の中でエレガントに統合することは、本来建築の重要な機能の一つであった。 その意味で私の活動はきわめて建築的であると自覚している。

 
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