6次元の寺院
日詰明男
昔ピタゴラス学派では5芒星形☆を「健康(health)」と呼んで、これを認識の標としていたそうである。現代でも様々な軍事機関・国家組織の紋章に5回対称図形が使われているが、それらを見るとどうもその「健康」はいつの間にやら「実力行使」という意味に転じてしまったらしい.彼らは自らの運命をこの護符の呪術力に託している。われわれは5角形にとり憑いた迷信を払拭し、本来の工学的な作用や、論理的実用性をこそ引き出すべきであろう。
建築に5回対称性を導入しようとした例は今までに沢山あった。自動車のホイールが5回対称へと移行してきたように、四角い2回対称の建物より5回対称平面の建物の方が耐震性に優れることは明らかで、特に日本のような地震国では風土建築として自然発生していてもおかしくはないのである。ところがそうした試みは全て失敗に終わっていた。追従に価するような普遍性あるデザインは(フラードームを除いて)ついに生まれなかった。 だがこの作品で全ての問題は解決する。ここに掲げた図面に示す通り、R・ペンローズ氏と宮崎興二氏らによって発見された一連の準周期的格子を使えば、徹頭徹尾5回対称の立体的構造物が容易に設計できるのである。これまで5角形を使いこなせなかったのは、ただ座標軸が不足していたに過ぎない、ということがこの作品ではっきりするだろう。
私はこの寺院の設計に当たって、対称性と単純性を追求するだけに留めた。従って準結晶格子を建築に応用した例としては最も単純なプロトタイプである。一応寺院とうたってはいるが、具体的な機能を想定しているわけではない。しかし様々な空間容積の階層が自然に生まれるように設計してあるから、従来の寺院活動ぐらいは軽くカバーするだろう。
それどころか従来の寺院以上の儀式が可能である。このように最も単純とはいえ、既に2回対称の環境に馴らされている人の目には、その空間配列、壁面の作る深い陰影は複雑に映ることだろう。行動の自由度が増大した分、迷いやすくもなる。こんな寺院に迷い込んだ京都人は、しばらくは能動的行動を強いられ、普段使う必要の無かった頭を使わなければならない。この意味でこの建築は教育的である。しかし教育的といっても、安ピカ象徴主義にありがちな背後の隠微な意図や、押し付けがましい理念があるわけでなく、6次元立方格子という正則でユニバーサルな秩序を体現しているだけなのだから安心である。こういう高次元の秩序を反映した構造物の中で生まれ育った子どもは、弁証法を早々と超越し、もっと高次の論理的思考を身につけるようになるだろう。
この作品の出現によって明瞭になってきた事がある。近代建築はミース・ファン・デル・ローエによる恐るべき単純性に行き着いた後、今度は翻って複雑化への一途をたどり現在に至った。装飾過多というだけでなく、意味も無く平面図に角度を振らせたり、必要以上に壁を入り組ませてみたり、余分な柱を立ててそれをトーテムのように崇めてみたり。私には、現代の建築家は直交3座標軸系を消費し尽くし、それに飽き飽きして無闇にカオスヘと志向しているように見える。彼らは新しい刺激を求め、なんとか3次元より高い所へ飛翔しようと思い、無軌道に形態次元を増やしているのだ。結果、大多数の建築が大手を振って「特殊化」へ歩んでいるという現状は実に嘆かわしい事と言わねばならない。
この時代の閉塞は、建築家集団という閉ざされたシステム内部の努力だけではどうにも突破口が見出せなかった。3次元座標系を相対化した高次元幾何学の知識が、いとも簡単に新しい手法の封印を解いたのである。「6次元の寺院」は20世紀末のエロ・グロ・ナンセンスを救済する「構造」である。建築進化の先例を顧みれば、どの場合でも新しい建築様式を開くものはストーンヘンジやピラミッド、パルテノン等の“記念碑的建築”であった。だからこの作品も敢えて「寺院」としたのである。系譜としてはイスタンブールのアヤ・ソフィアに代表されるビザンチン様式の次に位置する。向こう数千年は、このプロトタイプの洗練、展開に費やされ、新しい文明の伴侶となるであろう。ここまで大きな事を言っても、嫌みにはならないと思う。なぜなら、この建築の設計に私個人の恣意は殆どなく、言わばいつかは生まれるべくして生まれる建築なのだから。従って、一個人の夢としてでなく、近い将来必ず実現するというつもりで眺めていただきたい。
●簡単な図面の補足
全体の規模はサンピエトロ寺院にあわせた。6次元の建築では一般に1つの頂点に6本の稜が集まるから、特別な工夫が必要になる。素材は何を使うか、特に想定していないが、私は常々「生きている骨」こそ最高の素材と考えている。
地下墓地(CATACOMB)の迷路のようなパターンは非常に安定した人工地盤をも形成する。
一辺が約2m200の5角形断面をした地上階の柱は、内部にミニマムな螺旋階段を納められるようになっており、任意の柱から屋根裏空間へ登って行くことができる。屋根の支持は、この柱と円形断面のシャフトがおこなう。
音響効果は作ってみないと分からない。ステルス戦闘機と同様の面構成であろうから、それほど音は響かないのかも知れない。いずれにしても、初めての器には初めての音が鳴り、それに相応しい形式の曲が書かれるべきであろう。
外部から寺院玄関へとアプローチする際の基壇に施された階段にも少し工夫がある。従来の階投は踏面が一定の幅で統一されているから、ごく限られた歩幅の人だけのために跳えたようなものであった。対してこの寺院の階段は長短2種類の幅の踏面(この幅の比も黄金比をなしていればベスト)がフィボナッチ・シークエンスの配列をなしているので、どんな歩幅の人にとっても、また右足と左足にとっても平等である。階段が長ければ長いほど効果的なので金毘羅宮のような所にこそ適している。ただし蹴上げまで変則的にする必要はない。このリズム自体、非常に魅力的で、やがて音楽の革命へと発展するであろう。
最後に「GOETHEANUM 3」という名称の由来について少し触れておこう。ルドルフ・シュタイナーの設計になる木造の第1ゲーテアヌムは完成してまもなくナチスの手によって放火され、永遠に失われた。それに怯まず、シュタイナーは直ちに第2ゲーテアヌム建設に着手する。その設計に当たって「生命は同じことを繰り返したりしない」ゆえに、全く新たな発想に始められた。しかし彼は完成を見ずにこの世を去った。私は彼の(こう言って良ければ)アマチュア精神、それから幾何学への関心の持ち方が好きである。
そして彼の言うところの「新しい建築様式」を模索してきた一つの結果が、この作品「GOETHEANUM 3」なのである。
付記
この設計図は、京都工芸繊維大学建築学科卒業設計(1987年)において最初に発表した。
その3年後、完全版を「生命と建築」(私家版・1990年)に収録した。この解説はその時に書いたものである。
1993年には科学誌HYPER SPACE, Vol.2, No.1,( 高次元科学会)に全図面が掲載された。