永遠の素粒子


時間的にも空間的にも実質永遠なる宇宙を見渡すと、おおむね絶対零度の空っぽな空間があるばかり。

しかし局所的にとても美しい銀河が見つかる。
この美しい銀河の渦も、宇宙の悠久なる歴史からするとほんの一瞬の出来事なのかもしれない。

銀河は無数の恒星やガスからなり、超高密度なブラックホールや、灼熱地獄の恒星、日常的に猛烈な嵐が吹きすさぶ惑星、あるいは草木も生えぬひからびた惑星や凍った惑星で構成されている。

おおむね不毛の恒星系だが、局所的に、たとえば地球のような、とても美しい惑星が見つかる。
この美しい惑星も、ほどなくして干からび、母なる恒星に飲み込まれる運命ではある。

その惑星は無数の生命からなり、極寒、乾燥、多湿、弱肉強食、天変地異の混沌とした環境で生き延びている。
おおむね過酷な環境だが、局所的にとても美しいヴァナキュラーな集落、都市が見つかる。
この美しい集落も、数十億年におよぶ惑星歴からすると、たかだか数千年前に始まった出来事に過ぎない。

その人間社会は嫉妬、功名心、利己心、陰謀、戦争、犯罪、嘘の渦巻く混沌とした環境である。
おおむね過酷な人間社会だが、局所的にとても美しい芸術や学問が見つかる。

その学芸においても、権威主義や、どろどろとした駆け引き、剽窃、はったりの渦巻く混沌とした世界である。
自己犠牲による真に偉大な作品や行為が正当に評価されることは稀である。

その偉大な行為を残した当の個人においても、どろどろとした煩悩、欲望の渦巻く矛盾に満ちた心理世界を生きている。
おおむね低俗で退屈で失敗だらけの生活だが、局所的に、誰の人生にも、幾度か、とても崇高な芸術的「瞬間」がある。

その特異な「瞬間」こそ「永遠」に接続するチャンネルなのであろう。
それ以上分割することのできない特異点。
宇宙が存在する限り存在する特異点としてのブラックホールの中心、核子の中心では時間が止まるように。

たとえば以下のカート・ヴォネガットのエピソードを引用しよう。
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 わたしは、わたしの孫と同世代の人々に心から謝りたい。これを読んでくれている多くの人々はたぶん、そのくらいの年だろう。孫と同世代の人々も、この本の読者も、わが国のベビーブームに生まれた世代が牛耳る企業や政府によってまんまとだまされ、食い物にされてきた。
 そう、この地球はいまやひどい状態だ。しかしそれはいまに始まったことではなく、ずっと昔からそうだったのだ。「古きよき時代」など一度たりともあったためしがない。同じような日々を重ねてきただけだ。だから、わたしは自分の孫にこう言うことにしている。「年寄りに聞こう、なんて思うなよ。おまえとちっとも変わらないんだから」
 ばかな年寄りがいる。わしらが経験したような大きな災難を経験しないうちは、人は大人になれない、なんてのたまうやつらだ。大きな災難というのは大恐慌や、第二次世界大戦や、ヴェトナム戦争なんかのこと。作家たちのせいで、こういう破壊的な(自殺的とは言わないまでも)神話が出来上がってしまった。数えきれないほどの小説のなかで、災厄をくぐり抜けた主人公が最後にこう言う。「今日、わたしは女になった。今日、おれは男になった。おしまい」
 わたしは第二次世界大戦から戻ってきたとき、ダンおじさんに背中をたたかれて、こう言われた。「おまえもこれでようやく男になったな」わたしはおじさんを殺した。実際に殺したわけじゃないが、殺したい、とたしかに思った。
 ダンおじさんはいやな男だった。男は戦争に行かないと一人前じゃないなんて、ひどい言い種だと思う。
 しかしわたしにはいいおじもいた。もう亡くなったアレックスおじさんだ。父の弟で、ハーヴァード出身で子どもがなく、インディアナポリスでまっとうな生命保険の営業をやっていた。本好きで、頭がよかった。おじさんの、ほかの人間に対するいちばんの不満は、自分が幸せなのにそれがわかっていない連中が多すぎるということだった。夏、わたしはおじといっしょにリンゴの木の下でレモネードを飲みながら、あれこれとりとめもないおしゃべりをした。ミツバチが羽音を立てるみたいな、のんびりした会話だ。そんなとき、おじさんは気持ちのいいおしゃべりを突然やめて、大声でこう言った。「これが幸せでなきゃ、いったい何が幸せだっていうんだ」
 だからわたしもいま同じようにしている。わたしの子どもも孫もそうだ。みなさんにもひとつお願いしておこう。幸せなときには、幸せなんだなと気づいてほしい。叫ぶなり、つぶやくなり、考えるなりしてほしい。「これが幸せじゃなきゃ、いったい何が幸せだっていうんだ」と。

     『国のない男』カート・ヴォネガット著 金原瑞人訳
      NHK出版 (p138〜140)
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おおむね親族から疎まれがちな「変なおじさん」だけが世界の秘密に気づいていた。

                      2019年10月13日 日詰明男


                            

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